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東京家庭裁判所 昭和45年(家)7876号 審判

国籍 アメリカ合衆国 住所 東京都立川市

申立人 トーマス・デァイルス・ジュニア(仮名) 外一名

本籍 北海道釧路市 住所 申立人に同じ

相手方 浜田美樹(仮名)

主文

申立人らが事件本人を養子とすることを許可する。

申立人らと養子縁組後の事件本人の氏を「デァイルス」と変更することを許可する。

理由

一  申立人らは、主文と同旨の審判を求め、その理由として述べる要旨は、

1  申立人トーマス・デァイルス・ジュニア(以下、申立人デァイルスと略称する。)は、在日米空軍に所属するアメリカ合衆国の軍人であり、申立人良子・デァイルス(以下申立人デァイルス夫人と略称する。)は、日本人で一九六二年(昭和三七年)三月二九日に右申立人デァイルスと婚姻し、その妻となつたものである。

2  事件本人は、日本人浜田多摩を母として、昭和四四年一二月三〇日出生した非嫡出子である。

3  申立人らは婚姻以来実子に恵まれず、事件本人を養子として養育しようと決心し、現に事件本人を引き取つているので、正式に養子縁組の許可を求めるため、本申立に及んだ

というにある。

二  審案するに、申立人ら提出の各疎明書類、日本国際社会事業団所属のケース・ワーカー作成の家庭調査報告書、児童調査報告書および適応報告書、家庭裁判所調査官林祥三作成の調査報告書、同調査官の照会に対する浜田多摩の父浜田康雄および母浜田規子の回答書並びに申立人らに対する各審問の結果によれば、次の事実が認められる。

1  申立人デァイルスは、アメリカ合衆国空軍所属の軍人であり、在日米空軍○○基地に勤務中、一九六〇年(昭和三五年)頃日本人である申立人デァイルス夫人と知り合い約二年間の交際をえて、一九六二年(昭和三七年)三月二九日に婚姻し、以来申立人らは夫婦として同居していること。

2  事件本人は、日本人未成年者である浜田多摩を母として一九六九年(昭和四四年)一二月三〇日東京都新宿区○○一丁目○○番地○○産院において出生した非嫡出子(父は日本人某であるが、母は事件本人の出生前同人と離別し、同人によつて認知されていない)であること。

3  申立人デァイルスと申立人デァイルス夫人とは、婚姻以来その間に実子が出生せず、適当な養子を貰い受け、これを夫婦の間の子として養育しようと相談のうえ、一九六八年(昭和四三年)一二月頃日本国際社会事業団に養子のあつせん方を依頼し、同事業団から事件本人をあつせんされ、一九七〇年(昭和四五年)一月九日事件本人を引き取り、以来肩書住所において監護養育していること。

4  事件本人の親権者浜田多摩は、未成年者であり、自らの手許で事件本人を監護養育することが困難なため、申立人ら夫婦が事件本人を養子とすることに異議がなく、かつ、同女に代わつて親権を行う同女の父浜田康雄および母浜田規子は本件養子縁組につき代諾していること。

三  右認定事実によると、養子となるべき事件本人は日本国人であり、養親となるべき申立人デァイルスはアメリカ合衆国人、申立人デァイルス夫人は日本国人であつて、本件は渉外養子縁組事件であるので、まずその裁判権および管轄権について考察するに、養子となるべき事件本人および養親となるべき申立人デァイルス夫人は東京都に住所を有する日本国人であり、養親となるべき申立人デァイルスはアメリカ合衆国人であるが、東京都内に住所を有しているので、日本の裁判所が本件につき裁判権を有し、かつ、当家庭裁判所が管轄権を有することは明白である。

四  次に本件養子縁組の準拠法について考察するに、日本国法例第一九条第一項によれば、養子縁組の要件については、各当事者間につき、その本国法によるべきものとされているから、本件養子縁組の要件については、養子たるべき事件本人および養親たるべき申立人デァイルス夫人については、その本国法たる日本国法が、養親たるべき申立人デァイルスについては、その本国法たるアメリカ合衆国法が、それぞれ適用されることになる。そしてアメリカ合衆国は各州によりそれぞれ法律を異にするいわゆる不統一法国であるので、日本国法例第二七条第三項により、養親たるべき申立人デァイルスについては、その属するニューヨーク州法が適用されることになる。

しかしながら、養子縁組に関するアメリカ合衆国および同国各州の国際私法に関する判例法は、一般に養子または養親のいずれかのドミサイル(domicile、 本源住所、選択住所または法定住所)のある州(または国)が養子決定の裁判管轄権を有し、その際の準拠法は当該州(または国)の法律、すなわち法廷地法であることを認めており、この点はニューヨーク州においても同様であると解され、養親たるべき申立人両名のドミサイルはニューヨーク州にあるが、養子たるべき事件本人のドミサイルは日本にあると認められる本件養子縁組については、結局日本国法例第二九条により、養親となるべき申立人両名、養子となるべき事件本人のいずれの側にも準拠法として日本国法が適用されるものといわなければならない。

五  そこで本件養子縁組を日本国民法によつて審査するに、申立人らが事件本人を養子とすることに妨げとなるべき事実はないのみならず、本件養子縁組の成立は、前記二において認定した事実並びに家庭裁判所調査官林祥三作成の調査報告書、日本国際社会事業団所属ケース・ワーカー作成の家庭調査報告書、児童調査報告書および適応報告書によつて、事件本人の福祉に合致するものと認められるので、本件申立は理由があり、これを認容することとする。

また養子縁組後事件本人の称すべき氏については、親子の法律関係の問題として、日本国法例第二〇条により父の本国法であるニューヨーク州法によるべく、同州法によれば、養子決定をする裁判所は養子の氏名を変更するについて合理的な反対の理由がないと思料する場合には、養子の氏名を養子縁組契約書に記載されている氏名に変更することを命ずることができ、以後養子をその氏名をもつて呼ぶことが認められている(Domestic Relations Law)家事法第一一四条)。

ところで、日本国民法においては、養子縁組の効果として、養子は当然に養親の氏を称することになつている(同法第八一〇条)ので、家庭裁判所は、家事審判法によつて、本件の如き場合に、養子の氏を養親の氏に変更する権限を与えられていない。このように他国の実体法が準拠法となるのに、自国の実体法との相違により、裁判所が右準拠法を適用する手続法上の権限を有していない場合に、どう処置すべきかは国際私法上困難な問題であるが、当裁判所は、かかる場合には、その有する手続法上の権限のうちで、他国の実体法を適用する手続法上の権限に類似するものが、あればその権限によつて他国の実体法を適用することができるものと解する。

右の見解によつて、本件をみるに、ニューヨーク州法における養子決定の際の養子の氏変更の制度は、日本民法における子と親との氏が異なる場合の子の氏変更の制度に類似し、ニューヨーク州裁判所の有する養子決定の際の養子の氏変更の権限は、わが国家庭裁判所の有する子の氏変更許可の権限に類似するものと考えられるので、本件においては、当裁判所は、子の氏変更許可の権限によつて、養子決定の際の養子の氏変更を認めるニューヨーク州法を適用し、養子縁組後事件本人の氏を「デァイルス」と変更することを許可することとする。

よつて主文のとおり審判する次第である。

(家事審判官 沼辺愛一)

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